東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)216号 判決 1983年2月28日
原告 ゼロツクス コーポレーシヨン
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和五七年四月一九日に同庁昭和五六年審判第一七六七四号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一(原告)
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、「照明装置」なる発明につき、昭和四五年三月二六日にした特許出願(特願昭四五―二四九四二号、以下「本件原出願」という。)に基づいて昭和五四年七月五日特許法(昭和三四年法律第一二一号、以下同じ)第四四条第一項の規定による特許出願(特願昭五四―八五四九九号、以下「本件分割出願」という。)をすると同時に本件原出願を取下げたところ、本件分割出願は昭和五六年五月二六日拒絶査定を受けたので、同年八月二五日審判を請求し、特許庁同年審判第一七六七四号事件として審理されたが、昭和五七年四月一九日「本件審判の請求を却下する。」との審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は同年六月一六日原告に送達された。なお、本件審決は、出訴のための付加期間を三か月と定めた。
二 本件審決理由の要旨
1 本件分割出願と本件原出願の関係及び本件分割出願について拒絶査定があり、これに対する審判の請求があつた経過は、前項記載のとおりである。
2 そこで、本件原出願について職権で調査すると、以下の事実が認められる。
本件原出願は、前記のように昭和四五年三月二六日に出願されたが、拒絶査定を受け、請求人(原告)は、これを不服として審判を請求した。しかし、この審判手続(昭和四九年審判第一〇一三七号)において、右請求は成り立たない旨の審決(以下「本件原審決」という。)があり、その謄本は昭和五四年二月一〇日請求人に送達された。そこで、請求人は、東京高等裁判所に本件原審決の取消訴訟を提起したが、この訴は、同年七月九日取下げられた(以下「本件訴の取下」という。)。(なお、請求人は、同月五日に本件原出願の取下書を提出している。)
3 ところで、審決取消訴訟は、訴の取下があつたとき初めからなかつたものとみなされる(民事訴訟法第二三七条第一項)から、本件訴の取下により、本件原審決は、その謄本送達日の昭和五四年二月一〇日から出訴のための三〇日と付加期間の三か月を経過した同年六月一二日の経過とともに確定したことになる。
一方、特許法第四四条第二項は、「特許出願の分割は特許出願について審決が確定した後はできない」と規定しており、また、本件分割出願は本件原審決の確定後に出願されたことは前記事実から明らかであるから、本件分割出願は不適法であつて、分割出願として取り扱うことはできず、さらに分割出願とは本質的に異なる通常の特許出願として取り扱うこともできない(東京高裁昭和五二年九月一四日言渡・同年(行コ)二〇号事件判決、最高裁昭和五六年一月二七日言渡・昭和五二年(行ウ)第一三三号本件判決参照)。
4 すなわち、本件分割出願は、出願として受理されて拒絶査定がされていても、特許法にいう特許出願ではない。
したがつて、本件審判請求は、その対象物が存在しないという不適法なものであり、しかも、この点は補正をすることができないものであるから却下すべきである。
三 本件審決を取消すべき事由
1 分割出願に関する特許法第四四条第二項の「特許出願の分割は特許出願について審決が確定した後はできない」との規定の趣旨は、分割出願は出願の時点で審決が確定していなければ適法であることを意味するにとどまり、これによりいつたん適法にされた分割出願の手続上の効力がその後の事情によつて否定される場合のあることなどについて何ら触れているものではなく、また、特許法上、他にそのような場合のあることを認めた規定はない。
そして、これを本件についてみると、本件分割出願は、前記のとおり、本件原出願に対する審決取消の訴が提起され、これによつて審決の確定が遮断されていた間になされたものとして右条項の要件を満たした適法なものである。
したがつて、仮に、本件訴の取下により、本件原審決が出訴期間の経過とともに確定すると解しうるとしても、これによつていつたん適法になされた本件分割出願を不適法とする根拠はない。
本件審決は、この点の判断を誤り、本件分割出願を不適法なものとした点で違法である。
2 審決は、これに対する取消訴訟が提起されることにより、その確定が遮断されるのであるから、右訴訟において訴の取下があつたときは、その時点で確定するものと解するのが相当である。
本件審決は、右と異なる見解のもとに本件原審決確定の時期を誤つて判断し、本件分割出願を不適法とした点で違法である。
3 なお、本件審決が認定したとおり、本件原出願は昭和五四年七月五日に取下げられ、本件訴の取下は、その後の同月九日になされたものである。してみると、本件訴の取下のなされた時点では、本件原出願はすでに存在せず、本件原審決はその対象を失つていたのであるから、もはや訴の取下による審決確定の問題は生じえなかつたはずである。
本件審決は、この点を顧慮することなく、誤つて本件原審決は確定したとの前提に立つてなされた点でも違法である。
第二(被告)
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。」と述べた。
理由
一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがなく、また、本件審決が認定した本件原出願に関する経過事実、すなわち、本件原出願が拒絶査定を受け、請求人(原告)が審判を請求したが、この審判の請求は成り立たない旨の本件原審決があつたので、請求人(原告)が当裁判所にその取消訴訟を提起したが、この訴は昭和五四年七月九日取下げられたこと及び請求人(原告)が同月五日本件原出願の取下書を提出したことについては、原告もこれを争わないところである。
二 そこで、本件審決に原告主張の違法が存するか否かについて検討する。
本件審決は、前記のとおり、民事訴訟法第二三七条第一項の規定を根拠として、本件訴の取下により本件原審決の取消訴訟が初めからなかつたものとみなされるから、本件原審決はその出訴期間の経過とともに確定し、その結果、遡つて、本件分割出願は本件原審決の確定後になされたものとなり、特許法第四四条第二項の規定に反する不適法なものとなる旨述べている。
しかし、本件原審決取消の訴の取下により、その訴が初めから係属しなかつたものとみなされて、右審決確定の時期が遡ることになるとしても、本件分割出願手続が取られた時点においては、未だ本件原審決の取消訴訟が係属中であつて、本件原審決は未確定の状態にあり、本件分割出願は適法になされたものというべく、それは別個独立の特許出願手続にほかならないのであるから、このようにして開始された別個の特許出願手続の効力までも遡つて否定すべきものではないといわなければならない。
したがつて、右と異なる見解に立ち、本件分割出願を不適法として、本件審判請求を却下すべきものとした本件審決は、その余を論ずるまでもなく、判断を誤つた違法なものといわざるをえない。
三 以上によると、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石澤健 楠賢二 岩垂正起)